双極性障害ついでにガンって言われたわたし

〜双極性障害と共にゆるく生きるわたしの記録〜

ガンにって言われて不思議に思うこと

ガンにって言われて不思議に思うことがある。

 

みんな治療頑張ってね。とか前向きに考えるんだよとか。頑張って治療しましょうね。的な事を言うんだけどさ、治療するって誰が言った?わたしまだ言ってないよねって思う。

 

なんか、もう治療して手術する前提でどんどん検査を進められるしさ。

本人の意思を尊重しましょうとかないんかな?って思う。重篤って言ってたし、急がないと腸が詰まったり進行するんだろうけど、

多分自分のことなのに完全に置いてきぼりなんだよね。

 

 

納得いかないのはさ、今痛くも何ともなくて元気なのにわざわざ手術とか抗がん剤とかで痛い思いしなきゃいけないの?

痛い時はほっとかれて、痛くない時にって所。

 

 

あとさ、家族も、友達も動揺して心配してくれてありがたいんだけど本人実感があんまりないからさ、

無理しないでとか言われたり、体調がいい時に会おうとか言われたり、仕事はもう行かなくていいよって言われてさ、妹も駆けつけてくれたりさ違和感と申し訳ない気持ちが勝つんだよね。優しくしてもらうのが普通になったら良くないと思う。

 

別に今細胞取ったからちょっと切られた所が痛いくらいでさ、あと入院と手術嫌って少し泣いたくらいで、前吐いたりした時みたいに痛くもないし、普通の生活出来る気がするし、何日か前のわたしと何にも変わらないんだよね。

 

まあ、働かなくていいって言うんだからしばらく好きな事するのはいいなって思うけどね。

 

 

家族は特になんだけど大変な病気だって思って優しくしてくれて、欲しい物買ってあげたいし、行きたい所連れて行ってあげたい、お金は関係ないから出来る治療はなんでもしてあげたい、あれもこれもしてあげたいモードなんだけど、

本人自覚ないからさ、冷静にガン患者ってわがままになるなコレって思う。

 

前なら、iPad買いたいなぁって言ったら本当にいるの?高いからよく考えたら?とか言われてまあ今はそんな必要じゃないなってなってだけど、

 

今は、iPad欲しいなら買いなさい、あーAirPodsも新しいの欲しいなぁ。買いなさい。なんだもん。

 

まあ、死ぬかもしれない病気だからそうなるんだろうけど、わたしはガンと言われる前と今何も変わってないんだけどなぁ。

 

わたしじゃなくて、病気を見てる気がしてありがたい反面さみしくもある。

 

この先の長い人生があるわたしだったら、わたしの為にならないから止める事だとしても今ならいいって言われちゃうのかもなぁって思ったりもする。

 

家族もそれぞれの生活があって、病気じゃなかったらバラバラに生活してて、

病気だから側にいてくれて、わがままも許されて、治療はじめたらさ生きてるだけでバンザイ🙌みたいな感じになりそうでさ、

 

治るとは限らないけどさ、病気治った時の自分がなんかこわいよね。

仕事もなくなっててさ、性格もクソわがままになってたりしてさ、生きてるだけで誉められてたもんだから普通の感覚忘れちゃって、

わたし生きてる内に好きな事するからよろしく!ってガン前提の所だけ残ったら目も当てられんわーって思う。

 

でも、とりあえず今日はやりたい事リストとかiPhoneのメモに作ったりしたよね。

 

今までとは異質の感じになったよね。

 

欲しい物系はさ服とか買っても無駄じゃん?多分だけど。死んだら持ってかないしあんまり出て来なかったよねー。

 

行きたい所とか、やりたい事とは出てきた。スノボとかラフティングとかは前からだからさておき、

すごい些細なことが多かったよね。みんなと飲みに行きたいとかさ、バーベキューしたいとか、うちのワンコとドッグラン行きたい、あそこのドックカフェでまたあのサラダ食べたいとかさ、元気だったらこれ普通にできるからリスト入りしてないよなぁみたいな事が多かった笑

そーゆー意味では病気を意思してるみたいね。

 

まあ、やれる事からやっておこう後悔しないように。いや多分なにやっても後悔はするんだろうな笑

 

まあ、今日は行きたかったわんことママとホームセンター行けたらよかった花丸🙆‍♀️

 

 

ガンって言われた話

今日ガンって医者に言われたんだよね。

 

2年前くらいからずっとお腹痛くて、何回もお腹痛くて吐いて救急外来に行ってた。その頃病院にかかったらヤブ医者に(結果ガンだったから)過敏性腸症候群って診断されて、ストレス減らしましょうとかメンタルの問題だから僕にはわからないだとか言われて、中々治らなくて1年くらい通ってからずっとお腹痛いの治らなくて腹立ち過ぎて病院変えた。←この時点で発見遅れ1

 

中々新しい病院見つからなくて、メンクリの先生が同じ病院の東洋医学科を紹介してくれて漢方処方されて飲んでたんだけど、貧血酷くなって鉄剤飲んで毎日下痢したり毎日お腹痛いのが普通になりつつあった。

ある日スライム状の赤い物が便に混ざっていて、痛いのも繰り返すしおかしいって母に言われて、

またメンクリの先生の紹介で総合内科を受診した。血液検査、便検査異常なし、念のため入院して内視鏡検査しましょうと言われて3週間待って渋々検査をした。

 

自由を愛するわたしからしたら、1日でも入院は拷問で早く解放されたい一心で我慢した。

退院できる事だけ考えておしっこくさい部屋も、トイレのドアを閉めずに流す看護婦さんにも、他人のイビキにも、夜中にトイレに看護婦さんをよんでトイレに行くおばあちゃんの音にも、

そして何より朝6時から飲まされる下剤も、浣腸も我慢した。

 

11時に検査予定で3時か4時には家に帰れると言われていたのに、中々透明にならず「まだ濁ってますねぇ〜。」と斜めに振り向きながら人の気も知らず馬鹿にしたように何度言ってくる看護婦に耐え、

やっとできそうになって昼1時ごろに内視鏡検査に連絡してもらって、少し待ってくださいねって言われ2時半にまだですか?

何時ごろとか目安教えてくださいって言ったのに、内視鏡が教えてくれないからわからないって言われて、

3時半ごろ今日帰れなくなったらどうするんですか?ってちょいキレ気味に言ったら、外来の人が全部終わってからとか看護婦に逆ギレされて、

入院も検査も浣腸も下剤もこんなに嫌なのに、なんでこんな嫌な思いしなきゃいけないの?って涙流しながらやっと4時頃に検査に行った。

 

終わって、1時間休んだら帰っていいと言われて麻酔ぶち込まれて、ふわふわしてる間に検査終わった。

 

 

当然わたしは帰る気満々で、母も迎えにきてて、そしたら先生が研修医2人連れてやってきて、入院延長みたいなことを言い出した。

 

当然わたしは検査終わりがゴールと決めて、嫌な事いっぱい我慢してたから帰ると言う意思は揺らがないので動いていい時間にもなったし退院のために片付けをした。コイツ何言ってんだ?看護婦にキレられたし!わたしは意地でも帰る!それだけだった。

 

先生は母を連れて話に行った。

しばらくしたら研修医が2人で話しがあるから来て下さいって言いにきて、変なテーブルがある個室に行った。

あとで聞いたら母はそこで退院は出来ないこのまま長期入院ですって言われてたらしい。

そこで、わたし帰るから話し早く終わらせてくれって言ったら、じゃあ必ず明日朝今後のこと決めるから消化器内科の外来に来てくださいって言われた。

 

わかりました。って言ったけど、えっなんで?やだよ!検査終わったからもう終わりでしょって思ってたから本当やだったけど行かないと帰れない感じだった。

 

帰り道母に長期入院って多分ガンって言われたことを聞いて、やだよ無理わたし2度と入院しないしたくない!って言った。もう疲れてたし何も食べてないし、お腹いじられてるし、入院中全然寝れてなかったからあとはよく覚えてない。

 

家に帰ってうどん食べてソファーで秒で眠ってた。

 

次の日、まあ今日か朝から病院行ったら消化器内科の看護婦さんかな?に名前呼ばれてやたらいたわってくれて気持ち悪かった。何番で呼ばれるので無理せず待っててくださいって言われた。

 

今までそんなこと、この病院で一度も言われたことない。

前回1年前くらいに、同じ病院の消化器内科に来た時は、内視鏡下剤で吐きまくって他に方法ないか相談に行ったら、内視鏡出来ないなら来ても仕方ない僕たちは内視鏡屋だから薬で治る病気あったら商売あがったりだしまだ若いから無理して内視鏡しなくていいよって初診で医者に言われたくらいだしね。←この時点で発見遅れ2なんだけどね。

 

まあ、その看護婦さんはさ「あーこの子これからガンって言われるんだ。可哀想。」とでも思ってたんだろうね。わかりやす過ぎる。

 

まぁ、この看護婦さん帰り際にもさ「この日に、治療方針決めましょうね。手術終わった後の事もあるし。」とかぽろっと言って、あ〜さ〜わたし癌とか詳しくないからさ手術終わってもまたなんかあるんか!?ってこの時点まで気がついてなかったから。口軽いなぁ。口滑ってるなぁ?←表現あってる?んー余計な一言多い人?だった。

 

それから、先生と話したんだけど画像見せながらここに病気があって、CTと合わせるとまぁほぼガンなんだよね。病理検査の結果はまた出るんだけどね。って言われた。

実際ガンって言われたらドキッとはしたけど実感0だから。

そうですね。わたし入院は二度としたくないのと手術もしたくないです。って言った。

 

そしたら。麻酔するから手術痛くないよ手術したら管いっぱい出てるから入院しなくちゃねと。

あっこのおっさん何言ってんだって思ってるでしょ?

 

はい。思ってます。最悪手術してもいいけど日帰りか入院は1泊2日が限界むり昨日めっちゃやだった。って言った。

 

とりあえず今は入院しなくていいから検査だけしよう。血液検査と造影剤CTしたら今日は帰っていいからね。

 

と言われて、とりあえずめっちゃ待たされて検査して

帰りにお腹すいたし、ガンって言われて今更健康とかどうでもいい!一昨日は入院させられるし、退院したと思ったらガンって言われるしやってられないから!ピザ買って帰ってきて食べてやった!

 

あと、組織取ったから今日までお酒だめって言われたけど、ガンなのに今更ダメとか言うこと聞く気になれなずちょっと飲んでる。

 

そんな感じで、ガンらしいからかける時に記録しておこうと思う。

脳味噌ばしゃーんw

久しぶりに開いてみたマイブログw

 

まぁ、大概心が荒んだ時しかこのブログの事は、最近じゃ思いだしもしなくて、病気じゃないふりしてわたしは淡々と時を刻むようにやらなくてはならない事をなんとかこなしている。

 

やる事がない日々の虚しさより、

社会に少しでも必要とされ居場所がある今の方が、それなりの辛さはあったとしても生きている実感があるのがよいのか?なんと言っていいのかわからないがニートだった頃より少しでも働ける今は安定しているようにも思える。

 

実際はどうなのかは梅雨知らず。多分知る必要もなくて、行く場所を確保し引きこもってないだけでありがたいそれでよい。それは諦めなのか!?感謝なのか!?わたしにも全くわからない。

 

ただ一つ言える事は、去年の冬のわたしは午後に起きてバイト以外ほぼ家事が出来なかったが、

今年はご飯を簡単なものなら作れたり、前より少し早く起きたり出来る様になった。自分比ならよぅなった気がするのかな!?

もちろん夏よりwみんなよりクソだがw

 

他人と比べる事は、わたしにとってもメンヘラ全般にとっても、きっと自信を無くすだけだと思うのでしないよう気をつけている。

 

ただ、時折自身の孤独や無力さ自信のなさによって比べてしまって余計自分自身を追い詰めたりもする。それが現実だ。

 

病気になり5年が経ちなお、苦手な季節、冬になればそれも致し方ないのかもしれない。

 

わかっていたら必ず回避出来るわけでもなく。

 

ナミダなんて流すこともある。

 

そんな時声をかけてくれたり側にいてくれるひとがいて、

親だったり友達だったり、

元気なときよりダメな時に一緒に、いてくれるとなんや知らんけど100倍くらいありがたくて。

自分勝手なんだけど。明日も生きようって思わせてもらえる。←わたしはしなんけどさw

 

いつもありがとうございます。

小さな一歩ずつかもしれない。また来年もう一歩進めらようにこれからもこんなわたしですがよろしくお願いします。

 

って思う今日だった。寝る!

あードラマの感想

3年A組−皆さんは今から人質です

 

このドラマの最終回を見て、

かつての木村拓哉のCHANGEというドラマの最終回が脳裏過ぎった。

 

 

主演の長台詞。見せ場であると共に印象が強い。

 

菅田将暉は将来有望な演技力のある若手俳優だ。

 

だから、

今回の演出は彼を飛躍させると同時に短命な俳優にさせてしまう可能性の欠片が見えるから個人的に残念に思う。

 

わたしの勘違いならいいのだが、

この作品の印象の強さによって、かつての木村拓哉のように主演しか出来ない俳優になってしまうのではないかなどと思ってしまった。

 

 

菅田将暉は、カメレオン俳優と称されるように主演以外もできる。貴重な存在だ。

実力があるから同じ末路は辿らないと信じている。

 

 

だけど、久しぶりにちゃんと演技が出来る今後も色んな作品を見たい俳優さんだからこそ。

大切に扱って欲しいなと思う。

先生ありがとう♪

久しぶりにブログを書きたくなったどうもアリスですww

 

 


[洋楽和訳] Aviciiに捧げる - Wake Me Up

 

 

今年も夏は元気でした♪

そういえば、7月から4年ぶりにバイトを初めました☆そして今も元気にバイトを続けています♪

 

なぜ?急にブログを書きたくなったのかというとお世話になった前のメンクリの先生にグログを教えた事を思い出したからです。

 

今となっては、先生のおかげで元気でいれる事を伝える手段がわたしにはココに残して置く事しか思いつかないからです。

 

今のバイト先では、ジムの受付とインストラクター見習いをしていて、時給貰いながらジムで運動してる感覚で週2回ちょこっとだけ働いています♪

 

お客さんの前で驚くぐらいニコニコ出来る自分や、働くの意外と嫌いじゃない自分にびっくりしていますww

職場の人も優しくて焼き肉おごってくれたり♪言いたい事言ってのびのび出来ています♪

更にラッキーな事に職場の社員さんに鬱経験者の方がいて、精神疾患持ちだって速攻でオープンに出来て冬に調子悪くなっても休業扱いにいてくれるそうです。

 

実際どうなるか分からないけれど非常に恵まれた環境で働かせていただいています。

正直感謝しかなくて笑っちゃうくらい嫌な事とか全然ないんですww

 

言いたい事言っちゃう自分を社会人•大人として良くないと自分で自分を否定して生きて来たけど、今の職場の人や周りの人がそれがわたしの良い所だと認めてくれてわたしは今単純に幸せです。

 

もちろん、嫌になったらいつでも辞めちゃうし次もいくらでもある気がします♪

だけど今はしばらく今の職場で働けたらいいなって心から思ってます♪先のことはいつも分からないけど鬱になるかもしれないって怯えるのではなく、今元気なうちに出来る事沢山やろ〜♪って思うようになりました☆

どっちにしても、しばらくは身体を動かす仕事をしていたいと思っています♪

 

いつもきっと誰かが助けてくれるって他人を信じる気持ちや、

素直にいても大丈夫だと教えてくれた先生に今この場を借りてありがとうございますと伝えたいです☆

 

いつか伝わるといいな♪わたしは今日も元気です♪

 

 

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彫刻刀

小学生の頃、彫刻刀を初めて手にした時を覚えてる人間がどれだけいるだろうか?

 

 初めて出会う刃物だと意識したとしても、

大多数の子供の反応は多分クレヨンや絵の具を初めて手にした時の様にただわくわくする図工の道具に過ぎない。

そして、冒険心がある子でさえ鉛筆の代わりに、スリルを味わう為に彫刻刀の刃で指の間をトントンして今までとは違うわくわくを味わう程度だろう。

 

 

だけど、わたしの想像した世界はその時も他の子と違った、

丸い彫刻刀の刃を見たとき自分の手首血管これでえぐり出せるなぁって思ったり、角ばった彫刻刀の刃で自分の血管刺したらどれだけの血が吹き出すのかなぁってどこが純粋かも分からないけど素直に吹き出す血を想像した。

 

多分わたしは彫刻刀に出会った小学生時点で、

既に破壊的で破滅的な思考を確立してしてしまっていたんだと思う。

 

あ〜これ腕にぶっ刺したら痛いんだろうなぁ。誰かに!?自分に!?分かんないけど。

 

彫刻刀を自分に刺す勇気があったら、痛いの嫌いだから無理だけど目の前で血吹き出したらこの子おかしいとさすがに誰か気がついてくれて助けてくれるかも知れない。って期待をした事を覚えている。

 

まぁ、思っただけなんだけどさ。。。

実際にする人もいるだろうけど、まぁ他人の事は否定も肯定もしないわたしは痛いの嫌だからしなかっただけつ〜事!

 

そもそも、自分で自分を傷つけなくても殴られてたから自ら痛みを自分に与えようとは思わなかったのかな!? 

混乱していたから、そこから逃げたくて究極の方法しか見いだせなかった。でもそれもいや〜!!みたいな究極のわがままが自分を守ったのかもしれない。

 

色んな本を読んでわかったのは、一般的には子供は親に守って貰えて家庭の中に安全基地なる物があることを学び広い社会に出ていけるらしい。

そんな風に思えるなんて正直羨ましい限りだ!わたしの知ってる子供は親の顔色を見なければならない金のかかるが故の所有物だ。

小学生の100点は当たり前でとれなければクズ。お母さんはいつも100点だったのに…。100点で当たり前褒められたことなどないし、100点以外でも褒められる人間がいることを知ったのはずっと後の事だ。

 

そんな事はどうでもいい痛くないから。

知ってる人いるかな!?手で頭殴られて、一番痛いのは中指の第二関節を少し上に出した形で上から殴られる時ね。やっぱ骨が当たるのが痛いよねwww

足だとカカトがやばいwww手で殴るの痛いからってカカトを振り下ろすわけよwwあれはどこに当たっても痛いね骨だしwww

 

家の親は汚いから、見えるとこに痣付けられたのは入学式の日に顔1度ぐらいで(普通に恨んでるけどwww)死にもしなけりゃ、誰にも助けて貰えない程度の被害。

 

見ていた10年以上母親さえ我慢しなさいとしか言わなかったしね。

 

 

そんなことももう終わったからいいんだ。

 

子供ながらに暴力をふるう親の恥ずかしさを理解し、誰にも言えなくて苦しんだ誰にも守られず痛みに耐えた。。

ずっと助けて欲しかったけど、母親さえ我慢しろといい助けてくれなかった。

 

そんなわたしなりに頑張ってみたけど、上手にできなくて何を誰を信じていいのかすらいつの間に分からなくなった。

 

右のほほを殴られたら左のほほを差し出せ!我慢しろ!自由には責任が伴う!感謝が足りない!

母親の言った言葉はいつも正しいのかも知れないが、殴られて我慢して生きててたわたしにはいつも理解が出来なかった。

 

結局母としては、養った事を感謝して欲しいのだろうが感謝とは押し付ける物ではない。

自発的にして初めて意味があると思う。結局未だにわたしから見たら全てが押し付けだ。わたしは自由になりたい。

 

 もし、小学生の頃のわたしが彫刻刀で自由になれるとそこに希望を見いだせたのなら今の苦しみはなかったのかも知れない。

わたしは自傷行為はしてこなかったし、これからもしないがニュースで虐待された子供が亡くなった時大多数の人が思うであろう感情とは違う感情を常に持ち合わせている事だけは間違えない。

 

そっか自由になれたね。。

 

 

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明るい言葉は何も出てこないけど、

今年の冬は去年より少し元気な気がするどうもアリスですwww

 

友達が病気は一進一退で気がつかないうちにだんだん良くなるっていつも言ってくれる。

そんな理解者がいることがただありがたい。

そして、病気になった頃は信じられなかったけど、何年も病気と共に過ごすうちにいきなり良くなる事がない代わりに、知らない間に良くなっている実感もある。

 

去年の冬は多分精神的に辛かったけど、今年は動けないけど心は安定している目には見えて何かが変わってるわけじゃないけど。。。

 

この前4年ぶりに降った雪の日に、せっかくだから外に出て雪を踏みしめたくなったりなんだか冬を楽しもうとする自分に気がついたら、大きすぎる期待をしなければ人生は捨てたもんじゃないのではないかなんて思えたりした。

 

相変わらず冬は苦手で、

毎日家の中にいるだけど、たまに外に出れたらそれだけでその日を花丸にしてみたり♪些細なことを喜んでみて♪

まぁとりあえず出来ない事を悲観するのはもう飽きたwww

 

もし、悲観すれば病気が治るのであればいくらでも悲観するけれど、そんなことしたってただ意味もなく自分自身を苦しめるだけ

そんなことももう痛いほど分かっている。たまにしちゃうこともあるけどwww

 

まぁ、何も出来ない冬があっても、

暖かくなればまた去年の夏のように動けるようになる事も分かってるし、苦手な冬であっても少しずつ良くなってるのが分かるから!

去年と同じでなんとなく何も出来なくなった自分でも、去年見ていた灰色の世界とは違う色の色の世界が見えてる気がする。何色になったかまではわからないけど。。。

 

 

なんで、こんな事を書いたかと言うと停止してたこのブログに久しぶりに読者申請してくれた人のブログを見たからだ。

 

この病気になるとかな!?多分精神疾患を患うとかな!?離れていく人が沢山いるそんな事に苦しんでいる文章だった。

 

わたし自身もそんな経験は山ほどある。

 

だけど、大切な事はそれでも一人ではないこと!側にいてくれる人!寄り添ってくれる人に自分自身が気がつくことだと思う。←上手い表現が見つからなくてまるで教科書の言葉のようで気に食わないけど。。今のわたしにはこの言葉しか見つからない。

 

 

偉い先生の話によると、

十人十色考え方は人それぞれ、だけど大きく分けた時に2種類のストレス解消法を選ぶタイプに分けられるとらしい。

①つ目は、ストレスを感じた場合誰かと共有したり、他人と一緒にいる事で紛らわす楽しみを模索するタイプ。

②つ目は、他人との関係を断つ事によって自分を守るタイプ。

 

そして、何より大切なのは相手がどちらを選んだとしても様々な要因によってその選択をしているのであって原因の全てが自分にあると思ってはいけないという事らしい。

 

わたし自身、後者で余裕が無くなると誰とも話したくなくなる。そして、気がついたのは人間とはそもそも皆自分勝手な生き物だと言う事。

 

誰もが自分勝手でわがままで自分を守れて初めて誰かと一緒にいられる。

人間はそんな悲しい生き物に産まれたのだから、これ以上悲しい生き物にならないようにただ誰かと笑えれれば幸せなんだと思う。

 

そして、忘れてはいけない事は今はいないだけで失ったかに見えた人の中にも戻って来てくれる人もいるという事。

 

我々精神疾患の患者と一緒にいることは、単純に相手の心に余裕がないと難しい。悲しいかなわたし自身自分でコントロール出来ない感情が溢れ出て戸惑う日がある。

自分が戸惑う何かは、もちろん他人が理解出来るはずもなく受容するのさえ親子でも難しいと思う。

 

だけど、それは多分病気でなくても同じ事で完全に分かりあえる人間などいない。

もし本当に神様がいるのなら、わざと全ての人間を不完全に作っていて、いたずらにその不完全さの中に美しさを見いだしているのかもしれない。

 

わたしが何が言いたいか伝わるか分からないが、

親子でさえ別々の感性で生きていて完全に他人と分かり合える事はないけれど、

辛い時ただ誰かが側にいてくれたり、関係ないことで笑わせてくれたりそんな事に救われて生きてる事だけは確かだ。

 

ベロベロに酔っ払って帰ってきた妹が、

「ママじゃなくてアリスちゃんがいい!ちゅー♥」って気持ち悪いほど甘えて来た日、

めんどくさい半分、たまにはそんなめんどくささも悪くない気がした。

 

その日は、妹に何か出来ていた気がしたからかもしれない。

 

何気なく、当たり前にあるがままにわたしを相変わらずそのまま受け入れてくれている家族や周りの人がいる。そんな何気ない事に感謝できればそれでいいと思う。

 

何かが出来ない自分に嫌気がさしたり、焦ったり、

そんな日も沢山あるだからこそ何か出来た時に人一倍嬉しかったりする。何も出来なくてもあるがままの自分でいいって思って進んでいけば新しい何かにであえるのかもしれないとわたしは思う。なんてねww

 

 

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